【100号記念誌:会員による植物画】より




 ボルネオ島の山岳地帯には、大型のネペンテス(ウツボカズラ科ウツボカズラ属)が自生する。東南アジア最高峰・キナバル山(4095m)の東側に位置するメシラウ(マレーシア・サバ州、標高2000m)には、最も大型のピッチャー(捕虫嚢)を付けるネペンテス・ラジャ(オオウツボカズラ)が自生している。名前のラジャは、「王様」を意味し、サラワク州の国王(ジェームズ・ブルック卿)に因んで名付けられたつる性植物である。
ネペンテスは、葉の中央脈が長く伸び、巻きひげ状のつるになり、更に先端部に壺状のピッチャーを付ける。

 食虫植物であるネペンテスは、ピッチャーの外面・蓋の内面・口縁部の内面などには、しばしば蜜腺が密生し甘い蜜を分泌して昆虫をさそう。ピッチャー口縁部の襟はつるつるですべりやすく、また内側に折れ曲がる複雑なネズミ返しの構造で、甘い蜜に誘われて一度中に落ちてしまった昆虫は這い上がれないようになっている。

 ピッチャーの中には消化液があり、その中に落ちた昆虫などを、内側にある腺から分泌する消化酵素で消化・吸収をして栄養分とする。またピッチャーに共生するバクテリアは、消化酵素を出して分解を助けているといわれている。不思議なことに消化液の中にはボウフラが生息し、またピッチャーにやって来た昆虫をねらうクモまで生息している。

 ネペンテスは雌雄異株で、たくさんの小さな花を総状花序に付ける。自生地でもときどき枝の先端にその花序を見かける。ワシントン条約Ⅰ類の保護種でもあり、メシラウの自生地では保護員によって手厚く保護されており、威風堂々とした見事な株が自生している。

 スケッチをしているときに小動物がやって来て、ピッチャーの蓋の内面を夢中でなめ始めたことがあった。まるで童話の世界に飛び込んだような光景を目の当たりにして息をこらして見ていた。たっぷりと蜜をなめて満足した小動物は、ピッチャーに足を滑らすこともなく無事にどこかへ消え去った。そのあとに私も蓋の内面の味を試してみると・・・、確かにとても甘い蜜がたくさん付いていた。もしもこの小動物が足をすべらせてピッチャーに落ちれば、この株はしばらくの間は栄養がたっぷりとあり、小動物の命の恩恵を受けたことであろう。


 世界最大の花ラフレシア。ラフレシア(ラフレシア科ラフレシア属)は寄生植物で、ブドウ科のミツバビンボウカズラ属(Tetrastigma)を宿主として養分をもらっている。初めは宿主のつるの組織の中で繊維状の組織として過ごし、2〜3年後には宿主の樹皮を破って表にあらわれる。苞葉に包まれたまるで赤キャベツのようなつぼみに成長するまでには9か月ほどかかる。やがて巨大な花を開花させるが、開花期間は短く4〜5日で、その後は黒く変化してしまう。

 花弁は5枚で、雌雄異株。ハエが好む腐肉臭を発して、ハエをひきつける。ハエは花の中央の円盤部の中に入り込み、雄花に来た場合には背中にピーナツバターのような粘性にとんだ花粉のかたまりを付ける。ハエの背中についた花粉は、雌花の円盤部の中のめしべに運ばれる。稀に果実ができるといわれている。




 このラフレシア・キースィイは、マレーシア・サバ州のラナウという町の民家の裏山の竹林にある自生地で描いた。この自生地では、宿主のミツバビンボウカズラ属のつるが竹林の外側にも茂っている。竹林には、木製の観察用のデッキが設置されている。一刻も早く花を見たいと急いで進むと、デッキから少し離れた斜面に直径約80cmのラフレシアが開花していた。ときには1m以上の巨大な花が咲くこともあるらしい。原画は実物大の花を、約8ヵ月をかけて100cm×110cmの画面に描いた。

観察用のデッキからスケッチをしたために、直接花の臭いをかぐことはできなかったが、他の自生地で描いたラフレシア・キースィイは、風向きによっては魚が腐ったような臭いが感じられた。

 ボルネオの熱帯雨林の植物に魅せられて、これまでに現地に取材を重ねて植物の自生地の様子を描いてきた。「多様な生命のゆりかご」と呼ばれる熱帯雨林。ここには、まだ知られていない種も含め地球最後の生物多様性の宝庫と呼ばれている。そのような森であればこそ、ラフレシアのような不思議で美しい植物が存在するのでしょう。この固有で貴重な植物がいつまでも人類とともに地球上で生息できることを、また生息を続けられる地球環境が保たれることを願っている。